マイケル・モハメド・ナイトMichael Muhammad Knight

アメリカの白人ムスリムのパンク作家。1977年生まれ。ニューヨーク州ロチェスターでアイルランド系カトリックの家庭で育ち、15歳でイスラム教に改宗。現在彼の作品はすべてソフトスカルプレスから出版されている。ソフトスカルはレーベル買いしてもいいくらいの出版社だよ。
http://www.softskull.com/
現在全米のムスリム人口のほんの1%しかいないイスラム教に改宗した白人のマイケル・モハメド・ナイト。彼の父は朝鮮戦争から帰還後に統合失調症をわずらい、妻が妊娠した息子を悪魔の子だと信じこみ、妻とナイトを虐待。ナイトの母は南部の家から息子をつれニューヨーク州の親戚の家へと命からがら逃れる。
その後ニューヨーク州ロチェスターで母と二人暮らしを送っていたナイトは、白人至上主義者の父の影から逃れるかのように、スパイク・リーの映画『マルコムX』やパブリックエナミーなどのヒップホップの影響から、しだいにイスラム教の世界に関心をよせはじめる。そして、ニューヨーク州バッファローのイスラム教寺院で改宗後、パキスタンへと留学しイスラム教を学び、帰国後にイスラム教の保守的な戒律に反抗していく過程でパンクスに転身していく。
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『タクワコア』(2002) The Taqwacores

2002年に出版されたムスリムパンク小説。Taqwacoreの"Taqwa"は「敬虔」を意味するアラビア語。ニューヨーク州バッファローで共同生活をおくるムスリムパンクたちの物語。登場人物はスンニ派ストレートエッジ、モホークのスーフィーパンク、ブルカ姿のライオットガール、シーア派スキンヘッズなど。なんともクリシェにクリシェをまぶしたキャラクター設定ともいえるが、これはパンク小説にはよくみられる構造(クリシェからはじまりしだいにアンラーンしていくというプロット)。本書では、わかりやすいところだと、イスラム教における保守的な戒律(性の問題や女性差別的な傾向)が主な題材となっていて、敬虔なムスリムのパンクスが戒律にけんかを売る内容。
『タクワコア』の推薦文:
「ムスリムパンクムーブメントのマニフェスト」〈ニューズウィーク〉誌
「ムスリムの若者にとっての『キャッチャー・イン・ザ・ライ』」カール・W・アーンスト(ノースキャロライナ大学チャペルヒル校教授・イスラム研究)
ナイトの第一作目である『タクワコア』はキンコーズで印刷されジンとして自費出版。本書はすぐさまデッドケネディーズのジェロ・ビアフラによって見いだされ、彼が運営するレコードレーベルであるAlternative Tentaclesからディストリビーションされる。また、ピーター・ランボーン・ウィルソン(ハキム・ベイ)の紹介で2004年には独立系出版社Autonomediaから出版(アウトノメディアはSemiotext(e)のアクティビズム系出版部門から派生した出版社)。その一方で、当然のことながら、9.11以降大きく揺れていた米国のムスリム社会に波紋を投げ掛けていくこととなった。下の動画は今年のサンダンス映画祭で公開される『タクワコア』劇映画版。
そしてまた、『タクワコア』を読んだ若いムスリムたちが実際にタクワコアシーンを作ってしまったというのは特筆すべき点。フィクションが現実のパンクシーンを生み出したということ。本書は「ムスリムパンク・ムーブメントのマニフェスト」(ニューズウィーク誌)とも呼ばれている。タクワコアシーンについては、ドキュメンタリー映画『タクワコアーームスリムパンクの誕生(Taqwacore: The Birth of Punk Islam)』(2009)がある(Spin誌で2009年ベスト音楽ドキュメンタリーに選出)。劇映画とドキュメンタリーが同時に公開されるなんてちょっとバブル。
http://www.taqwacore.com/
2-0
『ブルー・アイ・デビルーーイスラムアメリカのロード巡礼』(2009) Blue-Eyed Devil: A Road Odyssey Through Islamic America (Soft Skull, 2009)

*以下にわかじこみの内容もりだくさんなので注意。
2003年から2004年の間、ブッシュ共和党政権はイラク戦争へと突き進み、国内ではイスラモフォビアがふきあれる中、マイケル・モハメド・ナイトが行ったアメリカムスリムの聖地巡礼の旅。本書のプロットの中心には、アメリカにおけるイスラム教の歴史探求の旅ーーネイション・オブ・イスラムの創設者で、1934年にこつ然と姿を消したW・D・ファードの足跡の解明ーーがすえられながら、ナイト自身が関わる新しいアメリカのムスリムたちのムーブメントであるタクワコアやムスリム系フェミニズムなどの登場によって、今まさに変わりつつある米国のイスラム社会がドキュメントされていく。
ナイトの60日間2万マイルにもおよぶ旅は、シカゴで開催されたISNA(北米イスラムソサイエティ Islamic Society of North America)の40周年大会にはじまり、全米をめぐりながら、アウトサイダーミュージック界では有名なウェズリー・ウィリスの葬式に参列し、イライジャ・ムハマドの墓を訪れ、統合失調症の父との再会し、ベンガル人とパキスタン人のハーフのムスリム女性との恋愛、ハキム・ベイの家に訪れてアメリカにおけるムスリムの歴史を学び、リロイ・ジョーンズと酒場でNBAの試合を観戦する。そして、ムスリムパンクのライブに足を運び、The Daughters of Hajarといったイスラム系フェミニストたちと出会い、また、Muslim for Bushなるブッシュ政権を支持するイスラム教徒の右翼のメンバーと会食する・・・。
『ブルー・アイ・デビル』の推薦文:
「イスラム文学のハンター・S・トンプソン」〈ガーディアン〉誌
「今日の『オン・ザ・ロード』」アンドレイ・コドレスク(作家)
「バラク・オバマのアメリカにとって、もっとも必要とされた、そして、いささか逆説的ではあるが、もっとも有望な作家」〈サンフランシスコクロニクル〉紙
宣伝文ではケルアックやトンプソンと結びつけられているが、Zine出身の作家ということを強調するなら、アーロン・コメットバスが開拓したパンク旅行記に近いテイストを持っている。
http://team-kathy.blogspot.com/2009/11/blog-post.html
2-1
ネイションオブイスラム(NOI)の予言者で創始者のW・D・ファードにまつわる謎

ナイトはFBIが作成したW・D・ファードに関する816枚のファイルを元に全米を調査していく(単純に言うとブラックナショナリズムの父であるファードとナイト自身の妄想癖を持った白人至上主義者の父が重ね合わせられていく仕組みになっている)。
W・D・ファードはいくつもの名前を持ち出生地も不明ときわめて謎につつまれた人物。1931年頃にネイション・オブ・イスラムを設立し、その3年後の1934年に原因不明の失踪をとげる。FBIの陰謀説、後継者となったイライジャ・ムハマドによる暗殺説などがあるが、その真相はいまだ明らかになっていない。
W・D・ファードの記録上のこっている生い立ちは、1913年にロサンゼルスで〈ウォリーズレストラン〉を開店したところからはじまる。そして、1918年、ステーキの前払金2ドルを払わなかった客をピストルで殴る。その一年後、白人女性ヘイゼル・バートンと結婚。1921年頃、妻は子どもをつれて出て行く。1926年、密造の罪で逮捕され、罰金を払った後に釈放される。同年に再びモルヒネ、ヘロイン、コカインを店で売ったとして逮捕。サン・クエンティン州立刑務所で3年間服役。
その後、W・D・ファードは1930年に大恐慌下のデトロイトに移る。彼はデトロイトの貧困層のアフリカ系アメリカ人が住む地区でシルクの訪問販売をはじめる。そのころから彼は客にアフリカの人々が信仰しているイスラム教をアメリカの黒人も信仰するべきだとふれまわり、かつて世界を支配して黒人種がふたたび力を取り戻す日は近いと告げる。W・D・ファードは白人女性と結婚するほど肌が白かった一方で、白人は悪魔だと説教するほど黒かった。しだいに彼の思想を支持する人々が増えだし、1931年頃にネイション・オブ・イスラムを設立。そして、1934年に突然姿を消してしまう。ファードの失踪後にその後釜にすわったのがマルコムXに後に深い影響を与えたイライジャ・ムハマドだった。
2-2 補足(NOI前のアメリカのムスリム)
ムアリッシュ・サイエンス・テンプル

ムアリッシュ・サイエンス・テンプルは、1913年に予言者ノーブル・ドゥルー・アリNoble Drew Ali(1886-1929)によって創設された宗教組織。20年代に中西部を中心にアフリカ系アメリカ人の間で広まる。東洋の宗教とブラックナショナリズムを結びつけた教義を持ち、W・D・ファードとイライジャ・ムハマドは当教団の会員だったと言われており、NOIの思想との間に多くの共通点がみられる。NOIが会員の姓を「X」に変えたのに対し、ムアリッシュ・サイエンス・テンプルは「ベイbey」を加える(ハキム・ベイ)。
ノーブル・ドゥルー・アリは1886年に生まれのアフリカ系アメリカ人。ノースカロライナでチェロキー族のインディアンに育てられる。その後サーカスに入団しマジシャンとしてエジプトを訪れ、メッカにおもむき『コーラン』と出会う。アメリカに帰国後、1913年に予言を聞き、ムアリッシュ・サイエンス・テンプルを創設。
2-3 補足(NOI後のアメリカのムスリム)
The Nation of Gods and Earths
1963年ハーレムにてクラレンス13Xが創設した組織。クラレンス13Xは元NOI。5パーセンターズ。途中。
2-4 補足(ナイトのオルターエゴ1)
ジョン・ウォーカー・リント John Walker Lindh

タリバンになった米国人。2001年にアフガニスタンで米軍に勾留され、懲役20年を処される。1981年ワシントンDC生まれ。マイケル・モハメド・ナイトとおそろしく似通った生い立ちを持つ。カトリックとして育ち、スパイク・リーの『マルコムX』とパブリックエナミーの音楽によってイスラム教に関心を持ち始め、イエメンに留学しアラビア語を学ぶ。そして、2001年にアフガニスタンへと渡り、タリバン側の兵士となる。
2-5 補足(ナイトのオルターエゴ2)
アスマ・グル・ハサン Asma Gull Hasan

アメリカのムスリム女性作家。ブッシュ政権の単独行動主義的外交を支持しつづけた共和党支持者のムスリムとして有名(ある意味でナイト並みの倒錯ぶり)。1974年生まれ。邦訳『私はアメリカのイスラム教徒』(明石書店、2002年)あり。アスマ・グル・ハサンは『ブルー・アイ・デビル』での描写が気に入らず(本書で彼女はナイトにタクコワのライブに連れて行かれる)、後にナイトに抗議している。
(以下ネットよりコピペ)パキスタンからの移民の両親の間に、シカゴで生まれ、コロラド州で育てられた関係で、自らを生粋のアメリカ人であると称している。プレップ・スクール、グロトンを1993年に優等で卒業した後、セヴン・シスターズ(アメリカ名門女子大学7校)のひとつウェルズリー女子大学を1997年にやはり優等で卒業。その後ニューヨーク法科大学院に学び、卒業後は世界最大の法律事務所クリフォード・チャンス・ロジャーズ&ウェルズに勤務。傍ら小説や新聞コラムなどの執筆を手がけ、短編小説は雑誌および単行本『旅立ち―大人になる物語集』に掲載される。またアメリカ発信の『パキスタン・リンク』紙のコラムニストを務めると同時に、CNN、『ニューヨーク・タイムズ』紙、KTLA放送、ボイス・オヴ・アメリカなどに出演。


タクワコア! ログ消去した頁で紹介したかったが諸事情により実現できず無念を噛みしめていただけに、この記事に出会えてとてもうれしい。
ジハード(参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89|http://www.delta-g.org/news/2008/07/post-177.html)すなわちストレイトエッジ、という解釈の普及を試みた時期もあったけど、さすがに無理があって流行らなかったわ。